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BEVが苦戦しHEVが選ばれる理由|電池から読み解くEV動向

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脱炭素社会の実現に向けて自動車の電動化が加速する中、そのアプローチは一様ではなく、多様化が進んでいる。
 下表に示すとおり、「電動車」と一口にいっても、その構成や駆動方式はさまざまであり、各方式には異なる技術的要件と役割がある。

電動車の種類

略称

正式名称

説明

BEV

Battery Electric Vehicle

100%電池で駆動する自動車

HEV

Hybrid Electric Vehicle

電池とエンジンのハイブリッドで駆動する自動車

PHEV

Plug-in Hybrid Electric Vehicle

充電器から充電可能な電池と、エンジンのハイブリッドで駆動する自動車

FCEV

Fuel Cell Electric Vehicle

燃料電池で駆動する自動車

2023年から2024年にかけて、BEVの登録台数が落ち込み、HEVは堅調という状況が生じた。このような市場動向の背景には、電池技術の違いや、使用環境・インフラの現実、さらにはユーザー心理といった多様な要素が関わっている。

本稿では、HEV用電池の技術的な特性に改めて焦点を当てることで、なぜ今、HEVが堅調に推移しているのか、その理由を電池の観点から深掘りする。

HEV用電池とは?BEVとの違い

(pixabay)

HEV用電池に用いられる電池は、その中身も、求められる特性もBEVとは異なる。表にすると以下のようになる。

HEV用電池とBEV電池の特徴の違い

項目

HEV用電池

BEV用電池

使い方

頻繁な充放電

長時間の出力・充電スタンドでの充電

重視する特性

出力密度

エネルギー密度

サイクル寿命

長い

比較的短い

熱管理

空冷が主

液冷却のシステムで管理

化学系

NiMHが主流

ほぼLIB

HEV用電池で重視されるのは、一言にすると「瞬発力」だ。
 始動直後のエンジンアシスト、加速時のサポート、ブレーキ時の回生といったシーンでは、短時間で大きな電流を出し入れできる性能が求められる。このため、小型・軽量でも高出力を発揮でき、しかも頻繁な充放電に耐えるような電池が必要になる。

そして、出力が高いということは、それだけ大電流が流れ、発熱も大きくなるということを意味する。HEVではBEVのような本格的な冷却システムを搭載しないことが一般的だ。そのため、空冷や簡易的な熱設計でも安定して動作できる、高温耐性のある電池である必要がある。

つまりHEVには、「タフな電池」 が求められる。このような要件を満たす電池として、特にトヨタなどは現在もNiMH(ニッケル水素電池) を採用している。

しかし近年ではPHEVなどの登場に伴い、航続距離も求められるようになり、海外では後述するLiB(リチウムイオン電池)が使われることも多い。

HEVに対し、BEVで主眼となるのは「航続距離」である。
 そのためには、限られた重量・スペースの中でできるだけ多くのエネルギーを蓄える、すなわちエネルギー密度の高い電池が必要になる。現時点でこの要件をバランスよく満たせるのは、LiBだ。よって、BEVのほぼすべてにLiBが搭載されている。

また、BEVはHEVのように走行中に頻繁な充放電を行うわけではないため、サイクル寿命の要求はやや緩やかだ。とはいえ、長期的な劣化や容量低下はユーザーの不満につながるため、やはり無視できない設計要素となる。

併せて重要なのが、冷却系を含めたシステム全体の設計。BEV用電池パックには、冷媒循環や液冷式の冷却系がセットで設計されることが多い。これは、LiBが可燃性の有機電解液を使っており、かつ搭載されるエネルギー量がHEVの数十〜数百倍規模であることから、安全対策として不可欠なのである。

なぜ今HEV?BEV減速の背景

(pixabay)BEVとHEVの違いの次は、なぜ今、BEVが減速しているのかを取り上げる。 

大きな要因は、各国政府によるBEV補助金の縮小・打ち切りというグローバルトレンドである。以下の表に示すように、2022年から2023年にかけて主要国がBEVに対する購入補助を相次いで見直しており、2025年現在もこの流れは継続中だ。

各国のEV補助金縮小・打ち切りのトピック

内容

ドイツ

2023

EV購入補助金(最大4500ユーロ)の打ち切り

フランス

2023-2024

EV購入補助金引き下げ

アメリカ

2023

連邦税額控除認定の条件厳格化

これらの動きが始まると、消費者にとっては補助金がなしであるとBEVの価格がガソリン車やHEVに比べ、割高であること体感するようになった。

一部のBEVメーカーは値下げでの訴求に踏み切っているが、インフラや航続距離といった現実的な課題を前に、消費者が積極的にBEVを選択するには至っていない。

HEVが堅調に推移している理由

(pixabay)

こうしたトレンドの中、HEVに再度注目が集まっている。 充電器がまだまだ十分に整備されているとは言えない現状において、 インフラ依存が少ないHEVはユーザーにとっての「安心」できる選択肢となる。

また、HEVはBEVに比べて搭載している電池の容量が少ないためコスト面で優れており、消費者の購入ハードルが下がるのも大きな要因の一つだ。

さらに、HEVは1997年に初代プリウス(トヨタ)が登場して以来、すでに30年近い実績を持つ。この間に蓄積された開発ノウハウや電池・制御技術の進化も、今日のHEVに信頼が寄せられる背景の一つといえるだろう。

HEV用電池を製造しているメーカー

(pixabay)

現在流通している国産HEVに搭載されている電池のメーカー、を以下の表にまとめる。あくまでも大まかな傾向であり、同じ自動車メーカーでも車種やグレードによって異なる電池が搭載されることもあるため注意されたい。

国産自動車メーカーに搭載されている電池のメーカー

自動車メーカー

車種例

電池製造メーカー

トヨタ

プリウス、アクア、カムリ、RAV4など

トヨタバッテリー株式会社(旧プライムアースEVエナジー)、パナソニック、豊田自動織機など

ホンダ

インサイト、フィット、CR-Zなど

ブルーエナジー(ホンダとGSユアサの合弁会社)など

日産

フーガ、シーマなど

ビークルエナジージャパンなど

マツダ

アクセラ、CX-60など

パナソニックなど

なお、海外メーカーに目を向けると、リチウムイオン電池(LiB)をHEVにも採用しているケースが見られ、CATL、LG Chem、Samsung SDI、SK Innovationといったアジア系バッテリーメーカーが主要な供給元となっている。

HEV用電池関連技術を開発中の企業

(pixabay)

このセクションでは、HEV用電池に関連する技術を開発する企業を紹介する。

豊田自動織機(日本) 

NiMH電池分野での最新トピックとして、トヨタ自動車と共同開発した「バイポーラ型NiMH電池」が挙げられる。従来構造に比べて電池出力を飛躍的に高められるこの技術は、瞬時の高出力が求められるHEVにおいて非常に有効である。

また、このバイポーラ型NiMH電池が市販車に搭載されたのは世界初であり、今後のスタンダード化が注目されている。

TEV Energy (中国) 

中国のスタートアップであるTEV Energyは、HEV向けNiMH電池の開発に特化している。

こちらもバイポーラ構造のNiMH電池を手がけており、加えてバッテリーマネジメントシステム(BMS)やリサイクルを意識した材料設計にも注力している点が特徴だ。

BeEnergy(フランス) 

BeEnergyは電池そのものの開発は行っていないが、HEVバッテリーのリサイクル技術に特化した企業である。

欧州では今後、使用済み電池に含まれるリサイクル材の使用比率が法的に引き上げられる方向にあり、このトレンドは過去を踏まえると、全世界的に広まると予想される。従って、こうした企業の存在感は高まっていくと予想される。

BEVの停滞は一時的なものか?

BEV市場が停滞している状況を取り上げたが、これは一時的なものと見る向きもある。各OEMは引き続き開発への投資を行っており、イノベーションが進めば再びBEVへのニーズが高まることは十分に考えられるだろう。

一方、BEVが巻き返すにしてもHEVが存在感を維持し続けるにしても、バッテリー性能の向上やリサイクルは必要となる。今後も、バッテリーという分野は注目を浴びていくと考えられる。



参考文献:
※1:New car registrations: -18.3% in August 2024; BEV market share down by almost one third, 欧州自動車工業会(リンク) 
※2:An unexpected event in 2023: BEV slowdown and the revival of hybrids in Asia-Pacific(リンク
※3:"Electric car is coming to a standstill:" Germany brings sudden end to EV subsidies, THEDRIVEN(リンク
※4:French Government Reduces Subsidies for Electric Cars in 2023, Casper Benedict, EVMagz(リンク
※5:Tesla Slumps on EV Credit Change Despite Record Deliveries, Kevin George, Investopedia(リンク
※6:バイポーラ型NiMH電池の開発, 中條祐貴他, 豊田自動織機(リンク
※7:TEV Energy(リンク
※8:BeEnergy(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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