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D-Waveの年次カンファレンス「Qubits 2026」基調講演解説

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D-Waveの年次カンファレンス「Qubits 2026」の基調講演が、同社公式YouTubeチャンネルで公開された。登壇したCEO Dr. Alan Baratzは、物流・製造・金融・ライフサイエンスにおける量子ソリューションの実績と、ハードウェア・ソフトウェアの開発ロードマップを約1時間半にわたって説明。本記事ではこの講演をもとに、D-Wave公式資料および弊社既報も交えながら同社の戦略と現在地を紹介する。

古典コンピュータの限界と量子技術の台頭

製造スケジューリング、新薬候補分子の探索、金融リスク計算といった「組み合わせが膨大すぎる問題」で、古典コンピュータは限界に達しつつある。2025年5月にWakefield ResearchがD-Waveの委託で実施した400人のビジネスリーダー調査では、81%が「古典コンピュータによる最適化の限界に達した」と回答している。 量子コンピュータは「0でも1でもある重ね合わせ状態」を持つ量子ビット(Qubit)を基本単位とし、こうした問題に異なるアプローチで取り組む技術だ。

現在、量子コンピュータには大きく二つのアーキテクチャが存在する。

アニーリング方式
物理系がエネルギーの低い安定状態へ向かう現象を計算に応用し、スケジューリングや配送ルート最適化など組み合わせ最適化問題に特化する。解の空間が複雑になるほど古典手法に対する優位性が出やすく、D-Waveは4,500超の量子ビットを搭載したシステムを商用稼働させている唯一の企業だ。

ゲートモデル方式
量子ビットに「量子ゲート」演算を順次適用する汎用的なアーキテクチャで、IBMやGoogleが開発を進める。創薬や新材料開発など幅広い応用が期待されるが、最大の課題が誤り訂正だ。複数の「物理量子ビット」を束ねて1つの「論理量子ビット」を構成しエラーを抑制する必要があり、商用利用の最低ラインとされる約100論理量子ビットを達成したシステムはまだ存在しない。

2025年は国際量子年と位置づけられ、Googleは「Willow」プロセッサで誤り訂正の重要なマイルストーンをNatureに発表し、IBMは次世代プロセッサ「Nighthawk」と2033年に向けたロードマップを更新した。独立系量子コンピュータ企業4社の合計時価総額は2025年末に370億ドルに達したが、ゲートモデルの多くはまだ研究・実験フェーズにある。

D-Waveの現在地 —アニーリング方式の商用展開と事業拡大—

アニーリング方式の商用実績

D-Waveのアニーリング方式は、複数の顧客企業が本番環境で実際の業務システムに組み込んでいる。BASFの工場フロア最適化では製造スケジューリングの処理時間を10時間から数秒に短縮し、NTTドコモとは基地局リソースの最適化に取り組む。

英国North Wales Police Departmentとの実証では緊急車両配置にStrideソルバーを適用し、インシデント対応時間を約50%短縮した。2026年Q1時点でのAdvantage 2利用量は前年比314%増、100を超える機関が同社技術を活用している。

Baratzはこうした商用実績について、「2年後、3年後の話ではなく、まさに今この瞬間、現実のROIを顧客に届けている」と強調する。量子コンピュータを将来技術として語る業界の文脈に対し、商用展開済みの企業として明確に立場を分けている。

2025年には磁性材料の物性シミュレーションで「有用な実世界問題における量子超越性」を初めて実証した。世界最速クラスのスーパーコンピュータなら約100万年を要する計算をAdvantage 2が約20分で処理したとする結果を論文として公開し、データセットも第三者が検証できる形で提供している。

競合他社の主張との違いについてBaratzは、「量子超越性を主張するなら論文を出し、データセットを公開し、誰でも結果を再現できるようにすべきだ」という姿勢を一貫して示しており、透明性を競争優位として位置づけている。

欧州展開—SQT契約からQ-Allianceへ—

弊社では2025年11月に、D-WaveとスイスのSwiss Quantum Technology(SQT)による約1,000万ユーロの長期契約締結を取り上げた。SQTは量子暗号・QKD特化のセキュリティ企業で、契約はAdvantage 2のオンプレミス導入とイタリア主導のQ-Alliance支援を目的に含んでいた。その後、Q-AllianceはAdvantage 2の50%容量を購入、ドイツJÜLICH Supercomputing Centerへのシステム販売も成立しており、当時の契約が欧州展開の足がかりであったことが確認されている。

財務状況

2026年Q1決算では受注額3,340万ドル(前年同期比約2,000%増)を記録した。フロリダ大西洋大学(FAU)への2,000万ドルのシステム販売と、Fortune 100企業との2年間・1,000万ドルのQCaaS契約が主体だ。手元資金は5億8,800万ドルで、研究開発投資を支える財務基盤は整っている。

D-Waveの戦略—デュアルプラットフォームへの転換—

Quantum Circuits買収とデュアルレール量子ビット

ゲートモデル開発の核心的課題は「速さ」と「忠実度」のトレードオフだ。超伝導方式(トランズモン量子ビット)は高速だがエラー率が高く、イオントラップや中性原子方式は忠実度が高いが超伝導より約1,000倍遅い。

QCI(現D-Wave New Haven)が開発したデュアルレール量子ビットはこの課題に対して有望なアプローチを持つ。1つの量子ビットの情報を2つの超伝導共振器に分散して格納し、光子の損失をハードウェアレベルで検出できる「消去量子ビット」の一種だ。エラーの発生を即座に検出できるため誤り訂正の効率が向上し、論理量子ビット1つに必要な物理量子ビット数を他のアーキテクチャより最大10分の1に圧縮できるとD-Waveは主張している。

開発者はトランズモン量子ビットの発明者でもあるYale大学のRob Schoelkopf氏(現D-Wave最高科学責任者)だ。Schoelkopf氏はデュアルレールの仕組みについて、「支配的なエラーである光子の損失をハードウェアレベルで検出できるため、誤り訂正コードの実装において格段に速く、より効率的な経路でフォールトトレラントな量子コンピュータへ到達できる」と説明する。

Yale大学から蓄積された30年分の超伝導技術知見と人材もD-Waveに加わり、Baratzはこの買収によって「アニーリングとゲートモデルの両方を持つ唯一の企業として、量子市場全体にアプローチできる体制が整った」と位置づけている。

ソフトウェア・ソルバー戦略

クラウドプラットフォームLeapとハイブリッドソルバーStrideがハードウェア展開を補完する。

Leapは2018年に開始した量子クラウドサービスで、99.9%の稼働率とサブ秒の応答時間を提供し、これまでに2億件以上のジョブを処理している。Strideは量子アニーリング、MILP、テンソルネットワークを統合したソルバーで、2024年6月のQubits 2024で非線形プログラムソルバーとして発表され、最大200万変数の問題に対応する。

2026年のCUBITSではMLモデルを最適化の目的関数や制約条件に直接組み込める機能の追加が発表された。ゲートモデル向けにはAcumenソフトウェアスタックが整備されており、Leap上でアニーリングとゲートモデルを統合的に提供する計画が進む。

新領域への展開—AI・ブロックチェーン・防衛—

日本たばこ産業(JT)の製薬研究部門との共同実証では、Advantage 2を活用したLLM学習に量子ハイブリッドワークフローを導入し、古典手法と比較してより「医薬品らしい」分子構造の生成品質向上が確認されている。JTはその後、本番環境への移行を視野に入れたパイロット契約をD-Waveと締結した。

ブロックチェーン領域ではPostquant Labsとの協業によるハイブリッドブロックチェーンのテストネット(Quip.Network)が2026年4月2日に公開されており、18,500人以上が参加登録している。D-WaveのAdvantage2 QPUが古典ノード(CPU・GPU)とのマイニング競争でブロック獲得において優位な結果を示したと報告されている。

防衛分野では2026年1月27日、Davidson TechnologiesとAnduril Industriesとの三社協業が発表された。ミサイル防衛シナリオの初期概念実証において、D-WaveのStrideハイブリッドソルバーが古典手法と比較して少なくとも10倍の処理速度向上と脅威対処率9〜12%の改善を達成したと報告されている。

ロードマップと今後の展望

ゲートモデルのロードマップ

現時点でゲートモデルシステムはいずれも研究・実験フェーズにあり、商用化は2032年前後の見込みだ。ゲートモデルの商用化タイムラインについてBaratzは「あと数年(more than two years)かかる」と明言しており、過度な期待を戒める姿勢を示している。2026年6月1日のNYSE Investor Dayでロードマップの詳細が追加公表される予定だ。

アニーリングの次世代—Advantage 3

Advantage 3では20〜25チップを超伝導インターコネクトで接続し、制御線数を約300本に抑えながら100,000量子ビットへの拡張を目指す。

アニーリングで先行、ゲートモデルは実証段階

D-Waveはアニーリング方式で商用実績を積み上げており、デュアルレール技術の取得によってゲートモデル分野でも技術基盤を持つ体制となった。アニーリングとゲートモデルの両方を手がける企業は現時点でD-Waveのみだが、ゲートモデルの商用化は2032年前後と長期にわたり、現世代は実証段階にとどまる。

業界の競合構図はアーキテクチャ別に三つに整理できる。超伝導方式ではIBMとGoogleが先行し、IBMは2029年に「Starling」(200論理量子ビット)の投入を目指す。イオントラップ方式ではQuantinuumとIonQが高忠実度を強みに存在感を示し、中性原子方式ではPasQalやQuEraが台頭している。

D-Waveのデュアルレール量子ビットは「超伝導の速度と高忠実度の両立」を差異化点として掲げるが、8量子ビットの初期システムが稼働し始めたばかりであり、各社のロードマップの実現可否は今後の技術発表で継続的に確認する必要がある。

2026年のDR17誤り訂正デモと2028年Advantage 3が、技術ロードマップの信頼性を測る最初の試金石

短期では、6月1日のNYSE Investor DayとQubits Europe 2026(6月18日、ロンドン)でD-Waveの最新情報が公表される見込みだ。ゲートモデルについては17量子ビット版(DR17)の投入と誤り訂正の初期デモンストレーションが今年中に予定されており、その結果がデュアルレール技術の実力を測る最初の公開データとなる。

中期的には、2028年のAdvantage 3(100,000量子ビット目標)の実現可否と、175物理量子ビット版ゲートモデルシステムの稼働が主要なマイルストーンだ。アニーリング方式については、JTとの創薬AI実証のパイロットフェーズ進捗、NTTドコモとの基地局最適化の本番展開、防衛分野でのAnduril・Davidsonとの協業の深化が、商用展開の実質的な広がりを測る指標となる。

2025〜2027年は各社が「誤り訂正の実用化」に向けた競争を本格化させる時期にあたる。この期間における技術実証の積み重ねが、2030年代の商用市場における各社のポジションを大きく左右するとみられる。D-Waveにとっては、アニーリングの商用収益でゲートモデルへの移行投資を支えるという現在の事業モデルが、この過渡期をどこまで持続できるかが問われる局面でもある。

業界に蔓延するハイプについてBaratzは、「誇大な数字を並べて質問を受け付けない発表は赤信号だ。主張には必ずデータが伴わなければならない」と指摘しており、今後のロードマップ評価においても各社の定量的な実証データを継続的に追うことが重要な判断軸となる。


参考文献:

※1:New Study: More Than One-Quarter of Surveyed Business Leaders Expect Quantum Optimization to Deliver $5M or Higher ROI Within First Year of Adoption(リンク

※2:Quantum error correction below the surface code threshold(リンク

※3:Meet Willow, our state-of-the-art quantum chip(リンク

※4:Scaling for quantum advantage and beyond(リンク

※5:D-Wave Reports First Quarter 2026 Results(リンク

※6:D-Wave Announces Agreement to Acquire Quantum Circuits Inc.(リンク

※7:D-Wave Announces Advancements in Annealing and Gate-Model Quantum Computing Technologies(リンク

※8:量子コンピューティングのD-Wave Quantum社、スイスのクオンタムテクノロジー社と1,000万ユーロ規模の契約を締結(リンク

※9:The Leap™ Quantum Cloud Service(リンク

※10:D-Wave Introduces Service-Level Agreements for Leap Quantum Cloud Customers in Production(リンク

※11:D-Wave Introduces New Hybrid Quantum Solver at Qubits 2024(リンク

※12:Japan Tobacco and D-Wave Announce Quantum Proof-of-Concept Outperforms Classical Results for LLM Training in Drug Discovery(リンク

※13:D-Wave Announces First-Ever Qubits Japan 2025 Quantum Computing User Conference(リンク

※14:Quip.Network Launches Quantum-Classical Blockchain Testnet, Opens Doors to Global Research Community(リンク

※15:Anduril, Davidson and D-Wave Collaborate to Develop Quantum Applications for US Air and Missile Defense(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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