脱炭素・カーボンニュートラルの技術動向②(CO2利用)
いま地球規模で行われているのが、脱炭素・カーボンニュートラルに向けた取り組みである。
本サイトでは、脱炭素・カーボンニュートラルの技術動向を(1)CO2の回収編、(2)CO2の利用編、(3)再生可能エネルギー編、の3つに分けて解説しており、今回はその2回目となる。
2回目の今回は、温室効果ガス(CO2)の利用によって脱炭素・カーボンニュートラルを実現するという観点で世界各国の技術動向について解説する。
カーボンニュートラル実現に向けたCO2の利用とは?
CO2を削減する手法として、前回CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)の技術について解説した。
CCSは、分離回収したCO2を分離・回収し、パイプライン等で輸送し、最終的には海底下などの貯蔵スペースに貯蔵するというものであり、回収したCO2を永久に閉じ込めておくことが前提となる。
これに対して、回収したCO2を資源として活用する技術も開発されており、一般にCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)或いはCCU(Carbon dioxide Capture and Utilization)という言葉として知られている。
世界中でCCUS・CCUに関する取り組みが行われており、各国において政府や大手エネルギー関連企業等が主体となるプロジェクトが推進されている。
例えば、我が国におけるCO2利用に関する考え方は、経済産業省が発行する「カーボンリサイクル技術ロードマップ」にまとめられている。
このロードマップでは、CO2の利用は以下のように大別されている。
- EOR(Enhanced Oil Recovery:原油増進回収)技術へのCO2の利用
- CO2の直接的な利用
- 回収したCO2を新たな資源等へと活用する「カーボンリサイクル」に基づく利用
CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage) の整理
この3つの利用法について以下で簡単に説明する。
EOR(Enhanced Oil Recovery:原油増進回収)
EORは、油層から取り出す原油の回収率を高める手法である。原油産出国の1つである米国では数十年前から行われており、CO2を利用する方法としては既に確立されている技術といえる。
EORがどのような技術かというと、原油成分が含まれているにも関わらず原油として抽出することができなかった岩石や地層の性状を変化させることによって、原油として回収するという技術である。
具体的には、油層にCO2(炭酸ガス)等を圧入することによって油層にある原油成分がCO2と混合され、原油の化学的性質等が変化し流動性が高められる。その結果、原油としての回収が可能となる。
EORプロセスでは、地中に圧入したCO2は地表に戻ってくるものもあるため、戻ってきたガスから再度CO2を分離・回収して再び地中に圧入するという閉ループの技術が確立されている。
現在も米国、カナダ、オーストラリアなどを中心にさまざまなEORプロジェクトが立ち上げられている。
CO2の直接的な利用
文字通り、回収したCO2を直接的に利用する方法である。
具体的には、CO2をドライアイス化して生鮮食品、冷蔵品などの保管や輸送に利用する方法や、CO2ガスを使用する産業機器や医療機器への利用、農業分野への利用などが挙げられる。
カーボンリサイクルに基づく利用
前述の2つの方法はCO2を直接的に利用するものであるが、カーボンリサイクルに基づく利用はCO2を間接的に利用する。
先述の経済産業省が提唱するカーボンリサイクルでは、化学品、燃料、鉱物等への利用が想定されている。
例えば、化学品(ポリウレタン、ポリカーボネートなどの樹脂化合物、バイオマス由来の化学品)や燃料(メタノール、エタノールなどからなるバイオ燃料、メタンなどのガス燃料)は、原材料からの化学反応で製造されるが、途中の反応過程において、回収されたCO2が利用される。
このような回収CO2の活用は、脱炭素を実現する手段であるとともに、新たな代替資源を生み出す方法としても大きく注目されている。 なお「カーボンリサイクル」という言葉は日本特有の表現であるが、海外においても国や地域ごとにカーボンニュートラル実現に向けた方針が発表され、さまざまな取り組みが行われている。
CO2利用に関する国内および海外の技術動向
ここからは、脱炭素・カーボンニュートラルの実現に向けて取り組まれている日本国内および海外の具体的な事例について紹介していく。
回収CO2を利用したスマートアグリ技術の開発(JFEエンジニアリング/日本)
インフラ事業などを展開するJFEエンジニアリングは、日本の農業の大規模化や生産効率の向上という課題を解決する取り組みとしてスマートアグリ技術の開発を行っており、この中でCO2の直接的利用に取り組んでいる。
同社は2015年に、北海道苫小牧市に開設するスマートアグリプラントにおいてバイオマスボイラ設備を設置し、温室への熱とCO2を供給する実証実験を開始している。
このプロジェクトでは、廃材等から作られる木質チップを燃料とするバイオマスボイラ設備から排出されるCO2を回収し、これを温室に供給することで、温室内の野菜等の植物の光合成に使用するというスタイルでCO2利用が実施されている。
2016年には札幌市にもプラントが新設され、北海道の2拠点で同技術を活用したプロジェクトが進行している。
CO2由来プラスチック合成技術の開発(日本製鉄/日本)
日本製鉄は、カーボンニュートラルの観点からCO2の有価化に取り組む企業の1つであり、CO2を利用した化学物質の製造技術の開発等に力を入れている。
同社は2021年に、大阪市立大学、東北大学らとの共同研究の成果として、常圧二酸化炭素を利用したプラスチックの合成に世界で初めて成功したことを発表している。
同社によると、脱水剤を用いずに、常圧二酸化炭素とジオールから脂肪族ポリカーボネートジオールの直接合成を行う触媒プロセスの開発し、酸化セリウム触媒を組み合わせることで、高収率かつ高選択率で脂肪族ポリカーボネートジオールを合成できるとしている。
今後は、実用化に向けた固体触媒の改良、スケールアップを含めたプロセス検討を行いながら、さらなる研究開発を行っていくことが予定されている。
CO2由来のポリオールの製造技術の開発(BECCU/フィンランド)
BECCUは、VTT、Business Finland等13の企業等から構成される、CCUに取り組む共同プロジェクトである。
BECCUでは、バイオマス事業から発生するCO2や工業プロセス等で発生する水素を利用したバイオエネルギーや輸送燃料、特殊化学品の統合的な生産に向けた概念実証を行うことが目標として設定されている。これらの実証には、VTTの多目的パイロットインフラが使用される。
同プロジェクトでは、例えば、CO2からポリウレタンを製造するプロセスが紹介されている。
ポリウレタンの原料となるポリオールの製造過程において、電気分解或いは産業プラント等から回収されたCO2と水素が使用される。具体的には、ポリオールを生成するためのエポキシドの重合反応において回収CO2を使用するというものであり、同プロジェクトで生み出された新しい製造プロセスである。
このようなプロセスによって生み出されたポリウレタンは、接着剤、建築用断熱板および商品(例えば、靴およびマットレス)のような様々なポリウレタンの製造に使用することができる。
ポリウレタンは現在さまざまな用途で活用されている極めて汎用性の高い材料であることから、CCUと経済的パフォーマンスの両面から期待がもたれている。
CO2を活用した合成燃料の生産技術の開発(ポルシェ/ドイツ)
自動車メーカーのポルシェも脱炭素に向けた活動に投資を行っている。
同社は、チリ、米国、オーストラリアで合成燃料「eFuel」の製造プロジェクトを実施しているHIF Globalに7,500万ドルを出資することを発表している。今回の出資にはポルシェ以外の企業も参加している。
このeFuelは、風力発電により生成する電気を活用して水を電気分解させ、それによって得られた水素と、産業プラント等から別途回収されたCO2とを使って製造される合成燃料であり、自動車用燃料として開発される。
eFuelの製造は、チリに建設されるプラントで行われる。このプラントは、風力発電設備、水素製造設備、合成燃料製造設備などが統合された製造設備であり、2022年後半に稼働予定となっている。
ポルシェは今回の出資を、同社が力を入れる持続可能なモビリティへの取り組みの一環と捉えている。 同社は、製造される合成燃料について、当初はモータースポーツのフラッグシッププロジェクトで使用することを計画しており、将来的には自社の車両への適用も検討している。
回収したCO2から合成メタノールを製造(Westküste100/ドイツ)
Westküste100は、ドイツシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州で進められている脱炭素化プロジェクトである。
このプロジェクトは、ドイツ連邦経済エネルギー省が主催する「エネルギー転換を促進する実世界の研究所」のプログラムの助成を受けて実施されるものであり、エネルギー企業EDF等が参加している。
プロジェクトでは、洋上風力発電により発生する電力を使用した電解装置によって製造される水素と、セメント工場等で発生する排ガスから回収されるCO2とを使用して合成メタノールを生成する試みが実施される。生成されたメタノールは、合成燃料の製造に使用され、航空燃料等として活用される計画である。
2020年に始まったこのプロジェクトは5年間の予定で、その間に水素製造用として30MWの容量をもつ電解プラントが設置される予定となっている。 そして、プラントの運用、保守、制御等に関する検討を行い、プラントを次のスケーリングステップに繋げていくという。
石炭火力発電所で回収したCO2を利用したEOR(Petra Nova/米国)
Petra Novaは、米国のエネルギー企業NGR EnergyとJX日鉱日石開発株式会社との合弁で設立されたPetra Nova Parish Holdingsで進められるCCUSプロジェクトである。
このプロジェクトは、米国が推進する「Clean Coal Power Initiative (環境調和的な石炭利用技術の促進政策)」において、米国エネルギー省からの補助金対象事業に指定されている。
このプロジェクトは、Petra Novaの石炭火力発電所から発生する排ガスからCO2を分離・回収し、回収したCO2をテキサス州メキシコ湾岸のWest Ranch油田に圧入することで原油増進回収(EOR)を図るものである。
CO2を回収するための施設は、NGR Energyの子会社がテキサス州で保有するW.A.パリッシュ石炭火力発電所に設置される。
このプロジェクトでは、2016年からWest Ranch油田へのCO2の圧入を開始し、2017年からはEORによる原油生産を開始している。CO2の回収量は日量で約4,800トンに及ぶという。 EORによる原油生産量は、当初は日量500バレルであるが、最終的には日量12,000バレルにすることが計画されている。
大気中CO2を利用した再生可能メタンを生成(Wallumbilla再生可能メタンデモンストレーションプロジェクト/オーストラリア)
このプロジェクトは、オーストラリアのエネルギー企業APAが、オーストラリア再生可能エネルギー庁(ARENA)の支援を受けてSouthern Green Gasとともに開発する再生可能メタンの生成プロジェクトである。
再生可能メタンは、クイーンズランド州のWallumbia Gas Hubに建設されるモジュール式の再生可能メタン生産実証プラントによって製造される。
同プロジェクトでは、大気から分離・回収されるCO2と水の電気分解によって生成される水素とを合成してメタンを作りだす。
実証プラントでは、年間約620kgの水素を生産し、これを74GJ(ギガジュール)のメタンへと変換させることが計画されている。生成されたメタンは、東海岸ガスグリッドのAPAの天然ガスパイプラインへと供給される。 実証プラントは2023年初頭までには建設される予定であり、商業規模での再生可能メタンを製造するシステムの実現可能性について評価が行われる。
まとめ
従前は、化石燃料の発掘や工業製品の製造の過程において発生するCO2を大気中に一方的に排出する状況であったが、カーボンニュートラルの宣言により、この流れを変えるべく、CO2を回収し利用する技術開発や取り組みが世界中で繰り広げられている。
技術確立がある程度進んでいるEORに対して、「カーボンニュートラル」の観点でのCO2の間接利用についてはプロジェクトでの実証段階のものが多く技術確立にはしばらく時間が掛かりそうな見込みとなっている。
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