(特集)車載向け次世代電池の技術開発動向① ~先進リチウムイオン電池~
次世代電池の技術開発が加速している。様々なベンチャーが登場し、大手企業も含めて、リチウムイオン電池の枠に留まらず長期的なポストリチウムイオン電池も含めて、技術開発状況は多様だ。
今回は過熱する次世代電池の技術開発動向の全体像について整理をしていく。
リチウムイオン電池の現状
従来のLIBは容量増加が限界、実用化の最先端は250wh/kg前後
現行のリチウムイオン電池(Litium Ion Battery:LIB)は容量増加に限界が来ていると言われている。現在の多くの車載向け先端リチウムイオン電池は正極に三元系(NCM:ニッケル・コバルト・マンガン)が使われ、負極にはカーボン系、電解液、セパレーターという主要4部材で構成されているが、これらの電池構成では今後大きく電池容量を向上させることが難しいことがわかっている。
例えば現在、市販されているLIBの18650型円筒形リチウムイオン電池のエネルギー密度は200~250Wh/kg、テスラのモデル3で搭載されているパナソニックの2170は260Wh/kg程度となっており、現在市販の最先端はおおよそ250Wh/kg前後となっている。
しかし、車載向けの電池では航続距離を延ばすために、そして容量当たりコストを下げるために、300~400Wh/kgの実現、そしてそれ以上が将来的に求められてくる。そのため、正極や負極を従来のものと変えた先進LIBや、全固体LIB、またポストLIBとして全く新しい方式の電池の実現が模索されている。
短期は先進LIB、中期では全固体電池が期待
NEDOが公開しているEV用電池の技術シフト想定では、短期では先進LIBが登場し、中期では全固体LIBが実用化するというロードマップを引いている。
NEDOによるEV用バッテリーの技術シフトの想定
実際に、現在先進LIBについて様々な研究開発が動いている。いくつか代表的な動向を整理していこう。
車載向け電池の正極材動向
NMC811が話題として多いが安全性に難
車載向けの正極材は近年、三元系のNMC(Nickel-Manganese-Cobalt)が注目されてきた。話題として多いのはNMC811(ニッケル:マンガン:コバルトが8:1:1)で、従来のNMC622に比べて、高価なレアメタルであるコバルトの含有量が少なく、ニッケル含有量が多いため低コスト化かつ高容量を実現することができる。
中国ではすでに市場で採用する動きも出ており、中国で生産されるBMWのiX3でも採用されていることが明らかになっている。
一方で、このNMC811であるが、高温における安定性が悪く、劣化、セルの膨張、熱暴走が起こり得ることが指摘されている1)。実際に中国において、NMC811を搭載した電気自動車が火災事故を起こしていることが話題となり、CATLは一時期NCM811の研究開発を放棄するのではないか、という噂も経ったが、CATLが公式にそれを否定する、というような動きもあった。
(補足)なお、この発火事故の1社は広汽新能源汽車のAion Sであったが、報道ではバッテリーが原因で発火したことが報じられている。
LFP×構造工夫(セルトゥパック)で中国企業が攻勢をかけている
一方で、2020年にテスラが中国で生産するモデル3に、中国の電池メーカーであるCATLのリン酸鉄リチウム(LFP:LiFePO4)電池を使用すると発表があり、現在も中国製のモデル3にはLFPのリチウムイオン電池が搭載されている。
LFPは熱安定性が高く、コバルトを使わないためNMCに比べて低コスト化も可能となる。ただし、LFPは導電性が悪く、エネルギー密度は相対的に低く、NMC811に比べて65~70%程度しかないことがわかっている2)。中国のバッテリーメーカーであるCATLがLFPを使った車載リチウムイオン電池を販売しているが、現時点の重量エネルギー密度は160Wh/kg(情報によっては200Wh/kgというのもある)程度とされている。
また、中国のBYDも、2020年にこのLFPを使った次世代電池「ブレード・バッテリー」について発表している。LFPによるエネルギー密度の低下の問題を解決するために、電池パッケージの構造を見直し、モジュールを廃してセルを直接パッケージにする。同社によると、従来電池パッケージの内の40%のみがバッテリーであり、残りはモジュールや相互接続のための部材であり、構造を最適化し、バッテリーの搭載量を増やした。
また、CATLもこの同様の考え方であるセルトゥパック構造を採用していると言われており3)、こうした構造というのがLFPにおいては主流になりつつある。
2021年3月にはXpengもLFPを使ったリチウムイオン電池の搭載をした車種を発表した。
参考:XpengがLFP(リン酸鉄リチウム)バッテリーを採用した車種を発表
中期的にはハイニッケル系正極が期待
コストと安全面でLFPが注目される一方、ハイニッケル正極の動きも模索されている。NMC811(ニッケル・コバルト・マンガンの比率が8:1:1)もハイニッケルの1種と言うことができるが、他にもニッケルの一部をCoとAlで置換したものとしてNCAが一部市場で出てきており、パナソニックがテスラのモデルXとモデル3に提供しているバッテリーは、正極がNCAであることが明らかにされている4)。
このハイニッケル正極であるが、先日発表のあったフォルクスワーゲンの電池戦略の中でも、当面はLFPとNMC811を正極では活用し、将来的にはコバルトフリーのハイニッケル正極にすることが方針として発表された。
参考:フォルクスワーゲンが2030年までの電池ロードマップを公開、さらにEVを強化へ
一方で前述したように、ハイニッケルは熱安定性の向上や、充放電サイクルに伴う電池容量の低下が課題となっている。この課題に対しては様々な角度からアプローチされている。高電位での電解液の酸化分解に着目し、対酸化分解特性に優れる電解液を活用したり、活物質の表面をカーボンや金属酸化物でコーティングして表面改質することで対策を模索している。(例:5), 6))
車載向け電池の負極材動向
負極においては長くグラファイトが使われてきたが、正極同様にグラファイトでは容量増加の限界と、充電速度を向上させる観点からも、別の素材が模索されている。
増えてきたシリコン系負極の話題
負極にシリコン(Si)を使うことで、容量を増加させることができるため、その研究開発の試みはずっと昔からされてきた。一方でこのシリコン負極であるが、シリコンはリチウムイオンの挿入と脱離によって起こる体積膨張と収縮が非常に大きく(シリコン体積の4~8倍)、電極が破壊されるためにサイクル寿命が短いことで知られている。また初回充放電時の反応により、その後の充放電に寄与しない容量(初期不可逆容量と言われる)が生じてしまう。結果として、充放電サイクルは100回以下、実際に使える電池容量は80%、というのが従来の課題であった。
テスラはこの課題に対して、テスラはこのシリコンの体積膨張と収縮という課題に対して、シリコン粒子をポリマーコーティングで覆うことで解決しようとしていることが、昨年のバッテリーデイで触れられた。
また、最近SPACで上場することを発表したベンチャー企業のEnovixは、シリコン負極を使った電池の実用化を狙い、2021年第三四半期に生産を開始、2023年には大量量産を行う計画となっている。なお、同社は将来的にはEV向けの車載電池も狙うが、当面はウェアラブルやノートPCなどの民生用を想定している。
参考:シリコン負極のLIBベンチャーEnovixがSPACで上場
また、SILA Nanotechnologiesも注目される一社だ。同社は元テスラの開発者(7番目の社員)が独立して立ち上げたベンチャー企業で、リチウムイオン電池の容量を20~50%増加させることができるシリコン負極材を開発している。同社のアプローチもやはりテスラが発表したのと同じコアシェル型のシリコン粒子を使ったものとなっており、ダイムラーから170m$もの巨額資金を調達している。2024年に生産を開始する予定とされている。
参考:リチウムイオン電池向を大きく改善する可能性を秘めたシリコン負極材を開発するSILA Nanotechnologies
リチウム金属活用の研究開発も加速
負極の究極的な素材とも言われるリチウム金属を活用する動きもある。
リチウム金属は、その理論容量が3,860mAh/gと、現状負極の活物質で使われているグラファイトの理論容量372mAh/gと比べて遥かに大きく、そのポテンシャルは昔から注目されて研究がされている。
一方で、リチウム金属はデンドライト析出による安全性の問題と,充放電サイクルを繰り返すことによる劣化の問題が根強く、現在まで実用化はできていない。
しかし近年、リチウム金属は様々な工夫により、依然としてベンチャー企業や大学研究機関によって研究が続いており、大手企業内部でも中長期のR&Dテーマとして研究が行われている。ソフトバンクとEnpowerは、その共同研究開発の中で、無機コーティングで負極活物質の表面を覆うことで、デンドライト形成を妨げる試みを行っている。コインセルで450Wh/kg級のスペックで、連続500時間の充放電に成功したという。
参考:ソフトバンクが米国ベンチャーEnpower Greentechとリチウム金属電池の開発について発表
また、先日フォルクスワーゲンから1.5兆円規模の電池生産の受注契約を締結したNorthvoltは、中期R&Dの取り組みとしてスタンフォード大学からスピンオフしたCubergを買収した。電池容量は従来LIBに比べて70%向上する見込みで、2025年の実用化を狙っている。
参考:Northvoltがスタンフォード大学発のリチウム金属電池ベンチャーCubergを買収
例えばLG化学も、韓国及び米国の研究機関との共同研究の中で、負極にリチウム金属、正極にNMC811を使った次世代電池のセルの重量エネルギー密度は679Wh/kg、パウチで288Wh/kgの試験結果となっている7)。
(補足)なお、このようにセルなのか、パッケージでのエネルギー密度なのか、世の中で発表されている際には前提条件が明確ではないものも多く、厳密な比較が難しい点には注意だ。
車載向けリチウムイオン電池の動向まとめ
それでは最後に各社の状況をまとめていこう。ここではいくつか事例として、各社の発表や公開論文から、各種数値を拾って整理をしている。なお、実用化済みのバッテリーのスペックもいくつか参考に載せている。
(全固体電池についてはこの記事では触れず、別の記事で整理する予定)
先進リチウムイオン電池の研究開発動向まとめ
これまで見たように、現在の重量エネルギー密度(セル)は250Wh/kg前後であり、パナソニックの2170は260Wh/kg、CATLのNMC811系は280Wh/kgとなっている。なお、LFPになるとやはり重量エネルギー密度は160~200Wh/kgと、NCAやNMCに比べてやや低いことがわかる。
そして、現在研究開発されているものとして、NMC811を中心としたハイニッケル正極と、シリコンやリチウム金属を使ったものが模索されている。比較的実用化に近いものとして、EnevateやEnovixのシリコン負極のリチウムイオン電池が挙げられ、これらは300Wh/kgを超える重量エネルギー密度を実現し、2022~23年にかけて実用化される見込みとなっている。ちなみに、これらシリコン負極の電池は実用化当初は車載ではなく別のアプリケーションで市場に出てくる想定となっている。Enevateは自動車向けは2024~2025年になると言っている。
さらにその先の400~600Wh/kgレベルとして、NMC811などのニッケルリッチ正極+リチウム金属負極を使った電池が研究開発されている。例えばLG化学が研究機関と共同研究しているものはセルで679Wh/kgものエネルギー密度を実現しており、高スペックが期待されるが、実用化時期については未定なものが多い。Northvoltが先般買収したCubergの技術を実用化する時期は2025年までの実用化を目指すものであり、まだ不透明な部分が多いことがわかる。電池セルは実験室では高いスペックを出すことができても、実際の環境下の温度変化や振動などでは上手くスペックが出せないことが多く、セルテストで上手くいったとしても実用化は簡単ではない。400Wh/kg超えというのはまだしばらく時間がかかる中期のR&Dテーマということになる。
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参考文献:
1) What do we know about next-generation NMC 811 cathode?
2) 電池技術の攻防:コストvs性能, ニッケル協会
3) Löbberding, H.; Wessel, S.; Offermanns, C.; Kehrer, M.; Rother, J.; Heimes, H.; Kampker, A. From Cell to Battery System in BEVs: Analysis of System Packing Efficiency and Cell Types. World Electr. Veh. J. 2020, 11, 77.
4) 開けて分かった! テスラのパナソニック製電池、Niリッチ正極とシリコン負極採用, 日経BP
5) Dilution Effects of Highly Concentrated Electrolyte with Fluorinated Solvents on Charge/Discharge Characteristics of Ni-rich Layered Oxide Positive Electrode, Ziyang Cao, March 2020
6) Julien, C.M.; Mauger, A. NCA, NCM811, and the Route to Ni-Richer Lithium-Ion Batteries. Energies 2020, 13, 6363.
7) Cho SJ, Yu DE, Pollard TP, Moon H, Jang M, Borodin O, Lee SY. Nonflammable Lithium Metal Full Cells with Ultra-high Energy Density Based on Coordinated Carbonate Electrolytes. iScience. 2020 Feb 21;23(2):100844. doi: 10.1016/j.isci.2020.100844. Epub 2020 Jan 16
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