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実用面で着実に進展している世界のデジタルヘルス×ウエアラブルメーカー

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デジタルヘルスケア向けウエアラブルデバイス市場が徐々に広がりを見せている。センシングデバイスの高性能化や、データの高度な処理、医療チームと連携したプラットフォームへの統合など、実用レベルの要素技術が揃ってきたからだ。

2021年にATXでは、健康・ヘルスケアのモニタリングや解析技術の動向・技術トレンドの全体像について解説した(下記)。その中で、特筆すべき技術テーマとして「重要バイタルセンシング」「新規バイオマーカーの活用」「生体データ解析」「重大疾患早期検知・スクリーニング」「その他・COVID-19関連」の5大領域を挙げている。

参考記事:(特集)2021年デジタルヘルスの技術動向 ~健康・ヘルスケアモニタリング / 解析~

4年経った現在、各領域で着実な技術進展が見られ、さらにそれらをつなぐデータ解析技術やプラットフォームの姿が明らかになったことで、一般社会への急速な普及がいつ始まってもおかしくない状況になっている。一方で、整備途上の法規制や政府の承認プロセスの複雑さ、長期化が普及を阻む恐れもある。ただ、ここではこうした法整備上の課題は別議論として、2025年時点における最新のデジタルヘルスケア向けウェアラブルデバイスについての技術動向を、具体例を挙げながら解説してみたい。

医療現場と個人の健康管理をつなぐ

コロナ禍を契機に医療現場では遠隔医療やオンライン診療を取り入れる機運が高まり、これと並行して、一般社会では健康意識の高まりとともにウエアラブルデバイスを用いた自主的な健康管理が浸透。世界的なウエアラブル技術の市場規模は、2025年に$219.3b(約31兆円)、2030年には$493.26b(約71兆円)規模に達すると見る向きもある。デバイスの形態もスマートウォッチを中心に、さらに小型化が進んだスマートリングや、より低侵襲なパッチ型センサー、眼の健康管理にフォーカスしたスマートコンタクトレンズなど、継続的な進化を続けている。

デバイスから得られた生体データのみならず、GPSや加速度センサーなどを利用した周囲情報やアクティビティ情報まで取り込んで、より総合的かつ動的でリアルタイムなデータとして処理されるようになった。特に、ここ最近ではAIの進展とともに、大量の生体データや生活習慣データなどさまざまなパーソナルデータから、リアルタイムで24時間、生体状況を高次元で計測・判断・予測することが可能になり、病変のアラートや医療チームへのデータ共有、将来の健康予測などにつなげることができるようになってきた。

ここでは、近年、高額な資金調達を実現した世界の企業の中で、特徴的なウェアラブルデバイスの開発に取り組んでいる企業についていくつか紹介する。

デバイスの完成度向上とAIエージェントの活用|開発企業6社の動向

最近のウエアラブルデバイス開発企業の動向を見ていきたい。6社を取り上げる。

Oura(フィンランド)

まず、当該領域で成功を上げているといってよい企業としてOuraが挙げられる。

Ouraは、フィンランドのスタートアップ。もともと睡眠モニタリングの目的で開発・販売していた指輪型のウェアラブルデバイス「Oura Ring」を、より包括的な健康管理・予測目的で発展させた「Oura Ring Gen3」と「Oura Ring 4」を販売している。

Oura Ring 4(Ouraプレスリリースより)

睡眠や心拍数、心拍変動(HRV)、体表温、血中酸素飽和濃度(SpO2)などの測定が可能で、サブスクリプションによるメンバーシップを利用するとAIを使った健康スコアなどパーソナライズされた健康アドバイスを受け取れる。

2024年12月には、シリーズDで$2b(285億円)をFidelity Management & Research CompanyやDexcomから調達した。

とりわけ、直近の注目すべきアクションは、2025年3月に発表されたAI搭載パーソナルヘルスコンパニオン「Oura Advisor」の発表である。健康センシングアルゴリズムと大規模言語モデル(LLM)を用いて会員データと生体情報を分析し、個々の状況に合わせた健康に関する個別ガイダンスを提供するもの。

現在のところ、このOura Advisorは不評であり、あまり大した回答をしてくれないということで海外掲示板のRedditで話題となっていることを確認した。生成AIの応用により、こうしたパーソナライズサービスがサブスクリプションモデルで提供されやすくなったといえるが、まだユーザーを満足させるには至らないということか。

WHOOP(米国)

米WHOOPは、おもにアスリートやフィットネス愛好家に向けてスマートウォッチ型のウエアラブルデバイス「WHOOP」を提供。

特徴的なのは、デバイス本体は購入せずにレンタル形式を採る(購入費用は不要)完全サブスクリプションモデルを採用しているところだ。睡眠、心拍数、心拍変動、呼吸数、体表温、血中酸素飽和濃度などが計測できる。

WHOOPのデバイス(同社プレスセンターより)

ストレス状態や身体の回復状況などもモニタリングでき、アスリートに向けたトレーニングアドバイスも受け取れる。

2021年8月にはシリーズFでSoftBank Vision Fund L.P.などから$200m(220億円)を調達し、評価額は$3.6b(3954億円)となった。

2025年5月には、「WHOOP Advanced Labs」という新サービスを発表した。現在、米国限定で提供されているこのサービスは、WHOOPのウエアラブルデバイスから得られる24時間365日の生体データと、臨床検査の結果を統合し、ユーザーに対してより深い健康洞察を提供することを目的としている。

採血と生体データを組み合わせて健康状態を評価するものであり、健康・ヘルスケア分野へとWHOOPが進出しようとしていることがうかがえる。

Valencell(米国)

光学方式で指先から血圧を測定するデバイスを開発するValencellは、CES2024で校正不要なカフレス血圧計「Fingertip」を発表。指先で血圧を測定でき、家庭での高血圧管理を容易にすることが期待されている。

Valencellのデバイスとスマートフォンアプリ(同社メディアリソースより)

同社は長年この技術に取り組んできており、CESでは毎年、カフレスの血圧測定器をデモンストレーションで展示してきた。今回、ようやく製品化にこぎつけたわけであるが、現時点で米国FDAの医療機器認可は取得しておらず、米国内では展開できない状況となっている。

Aktiia(スイス)

Aktiiaは、光学式のフォトプレチスモグラフィー(PPG)技術と独自のアルゴリズムを組み合わせた方式で、カフを使用せずに連続的な血圧モニタリングを実現。この技術方式は、ユーザーが手首に装着するブレスレット型デバイスで、24時間体制での血圧測定が可能となっている。

Aktiiaのデバイスとスマートフォンアプリ(同社プレスリリースより)

2025年にシリーズBの資金調達ラウンドで$42m(約60億円)を調達し、消費者向けにはHiloという名前にリブランドした。

同社によると2023年秋以降、250台のAktiiaデバイスが研究に導入され、各デバイスが1日平均27回の測定値を収集しており、研究者は1日あたり6000件を超える血圧データポイントを得ているとのことである。

さらに同社はスマートフォンのカメラで血圧測定できる技術でCEマークを取得。必要な臨床試験なども完了し、今後米国FDAの医療機器認定を取得することにチャレンジする方針となっている。

BioIntelliSense(米国)

2018年に米国コロラド州デンバー近郊で設立したスタートアップで、遠隔患者モニタリングを実現する小型のウエアラブルデバイスを開発。FDA認証を取得した医療グレードウエアラブルで、心拍、呼吸数、体温など1日1440件のバイタルデータを自動収集できる。

2022年には医療機器大手のMedtronicと提携。重症患者が病院の高重症度エリアを離れ、低重症度エリアに移動する際に、患者の容態が悪化しているかどうかをモニタリングし、低重症度患者を適切にサポートすることを狙う。

BioIntelliSenseの「BioButton」(同社プレスリリースより)

Empatica(米国)

2011年に米国マサチューセッツ州ケンブリッジで設立した、MITメディアラボ発のスピンオフ企業である。てんかん患者向けの医療グレードのスマートウォッチを開発し、FDA・CE認可を得た市場のリーダー的存在だ。このデバイスは発作をリアルタイムで検知し、介護者にアラートを送信する機能を備えている。

同社は、2024年に次世代製品である「EpiMonitor」を発売。FDA・CEマークを取得しており、米国・欧州市場へ展開されている。

EpiMonitor(Empaticaプレスリリースより)

さらに特筆すべきは、同社のビジネスモデルだ。EpiMonitorは主に医師の処方箋の下、患者が利用することを想定した製品であり、ハードウエアの代金に加えて月額$15.9~$48.5のサブスクリプションのプランを追加して利用する。このように、一定の完成度が見られるハードウエア販売だけでなく、モニタリング・監視という付加価値によって、継続的に収益を上げられるビジネスモデルとなっている。

技術は揃いつつある、今後はAIが更に発展を加速させるか

ここまで見てきたように、生体データをモニタリングするデバイスはこの数年で完成度を上げ、OuraやWHOOPに見られるように一般消費者の利用が拡がるだけでなく、BioIntelliSenseやEmpaticaのように、医療機関を通した利用も進みつつある。

今後は、AIによってさらにこれらのウェアラブルデバイスの付加価値が向上していくと想定される。例えば、Aktiiaは1日あたり6000件を超える血圧データポイントを、デバイスを通じて得ており、こうしたデバイス開発企業がさまざまな生体データを大量に蓄積している状況となった。

これは、血圧のような測定が難しいパラメーターの精度をAIで向上させるのに役立つと考えられる。また今後、隠れた疾患を検知するようなアルゴリズムも、もっと登場してもおかしくはない。

他にも、Empaticaは現在、同社のハードウェア購入時に、割引を適用する代わりに研究プロジェクトに参加するというプランがある。実データをためて、裏側で研究開発を行う動きは今後、ますます加速するだろう。

そして、AIによってモニタリング・監視の価値が向上することで、ビジネスモデルはサブスクリプションモデルがベースとなっていき、利益率の高いビジネスが構築できる。この業界のスタートアップが狙っているのはそうした事業であり、大変興味深いところである。



参考文献:
※1:ウェアラブルテクノロジー:市場シェア分析、産業動向・統計、成長予測(2025年~2030年), グローバルインフォメーション(リンク
※2:Oura(リンク
※3:ŌURA Secures $200 Million in Series D Funding, Ouraのプレスリリース(リンク
※4:Oura Advisor is pretty bad, r/ouraring, Reddit(リンク
※5:WHOOP(リンク
※6:Whoop's Funding Rounds, Tracxn(リンク
※7:Valencell (リンク
※8:Aktiia secures $42 million in Series B funding round and rebrands to Hilo, Aktiiaのプレスリリース(リンク
※9:Revolutionizing Blood Pressure Understanding, Aktiia(リンク
※10:BioIntelliSense Partners with Hicuity Health to Offer Scalable End-to-End Continuous Patient Monitoring for U.S. Health Systems, BioIntelliSenseのプレスリリース(リンク
※11:Empatica Achieves CE MDR Certification for EpiMonitor, Bringing Round-the-Clock Epilepsy Monitoring to Europe, Empaticaのプレスリリース(リンク
※12:EpiMonitor Subscription Plans, Empatica(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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