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米国の関税措置とディープテック・スタートアップ|ハードウエア関連企業には試練か

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Donald Trump米大統領が4月に各国からの輸入品に関税を課すと発表してから、1カ月が経った。交渉で合意に至った例も見られはじめ、事態打開に少しばかりの期待がありつつも、いまだ不安は払拭しきれない状況となっている。

本稿では、こうした米国の関税措置の概要とともに、ディープテックやスタートアップの視点からどのような影響が生じるのか、確認していく。

「Trump関税」の概要と各国に対する姿勢

まず、Trump政権による関税措置について、概観から触れる。

Trump大統領が輸入品に高い関税をかけるのは、「アメリカファースト」を念頭に置いたもの。輸入品より自国製品が選ばれやすい状況をつくり、国内産業の保護につなげることを目指す。また、かつて製造業が栄えていた米中部のいわゆる「ラストベルト」へのアピールの意味合いもあるといえよう。

税率は、基礎関税として10パーセント、さらに貿易不均衡があると米国が主張する国に対しては品目ごとに追加関税を課す。

もちろん、サプライチェーンがグローバル化した現代では、このような関税措置は無意味、あるいは、かえって米国の首を締める事態にもなりかねない。

ここから、主要国に対する関税措置の内容を見ていく。

対EU・英国

欧州連合(EU)に対しては、鉄鋼、アルミニウム、自動車に対して、追加関税を含め25パーセントの関税率をかけている状態。また、Trump大統領が交渉期間として設けた90日間の一時停止を過ぎると、他の品目も20パーセントまで関税率が上がる可能性がある。一時停止期間は、2025年7月8日までだ。

EUは、米国からの輸入品に€95b(約16兆円)規模の報復措置を行うことを検討している。

一方、EUを離脱した英国とは、交渉により自動車10万台までを基礎関税の10パーセントのみとし、一部の鉄鋼・アルミニウム製品も基礎関税のみとすることで合意した。

対中国

今回の関税措置は、とりわけ対中国を強く意識しており、米中は互いに高い関税率をかけ合う「関税戦争」の様相となっていた。具体的には、米国が対中国に課す関税率は145パーセント、中国が対米国に課す関税率は125パーセントだった。

そして2025年5月12日、米中間の交渉がまとまり米国の対中国関税率は30パーセントに、中国は対米国の関税率が10パーセントに引き下げ。ただし、鉄鋼や自動車といった特定の品目には、引き続き個別に追加関税が行われている。

また、中国は各国に対してレアアースの輸出規制を行っている。5月の妥結時、この点での発表はなかった。

参考記事:中国による原材料の輸出規制とそのリスク。日本が進める対策は?

対日本・韓国・台湾

北東アジアの自由主義国かつ工業国である日本、韓国、台湾に対して、米国は20〜30パーセント台の関税をかける意向だ。もっとも、前述のEUと同様、2025年7月9日(EUと1日違うのは、米国時間と各国時間の時差のため)まで一時停止措置が取られ、基礎関税の10パーセントがかけられているのが、現状である。

一時停止終了後に課されるとされる各国への関税率は、以下の通り。

  1. 日本 24パーセント
  2. 韓国 25パーセント
  3. 台湾 32パーセント

とりわけ、ディープテックの観点から気になるのが、台湾の半導体だ。

米国が関税措置を開始して直後、電子機器は関税の除外対象となったため、本稿執筆時点(2025年5月)では半導体にも関税はかけられていない。しかし、Trump大統領や米政府は、この措置は2カ月程度で終えると言明している。

アムステルダム大学の政治学講師であるTom Meinderts氏は、英ノッティンガム大学台湾リサーチハブに寄せた記事で、過去の日米半導体交渉を踏まえれば「台湾の米国依存を強め、米国の半導体産業を強くすることにつながる」「台湾が中国との関係を再構築する道もあるが、安全保障上、可能性は低い」と言及。一方で、台湾が米国から有利な条件を引き出せれば、台湾企業が米国市場でより大きなシェアを獲得する可能性もある、と見通しを述べた。

関税が及ぼす影響について|その1.ビッグテック

関税は、世界の製造業のサプライチェーンやディープテックに、多大な影響を及ぼすと考えられる。現状を見ていきたい。

まず米国内の企業に関して。ビッグデックに限った話であるものの、米国企業はさほど大きな影響を受けていないようだ。

Appleは2025年5月1日、第2四半期の決算は売上高が$95.4b(約14兆円)と当該四半期としては過去最高となり、1株あたり利益は$1.65だと発表した。前述のように、当面は電子機器に関税がかけられないことが影響している他、Tim Cook CEOはインドやベトナムからの輸入が多いと述べている。つまり、つい先日までかかる関税が高かった中国の影響は、小さいということだ。

さらにCook氏は、プロダクトの値上げをこのタイミングでは発表していない。今のところ、影響を精査、シミュレーションしつつも、静観していると受け止められる。

一方、正式発表はないものの、プロダクトの値上げをすると見られるのが、NVIDIAだ。報道によると、関税を受けて10〜15パーセントの値上げを行う見込み。しかし、高い需要が続いているため、財務的には予測範囲内に落ち着くとも報じられている。

もちろん、これは米国内の企業の話だ。日本政府が自動車の関税について交渉を続けているように、米国外の大手製造業にとっては今後、厳しい結果が出てくるであろうと予測できる。また、米国内のビッグテックを含む製造業も、90日の一時停止が終わり、輸出先も報復関税をかけるなどの不安要素は存在する。

関税が及ぼす影響について|その2.スタートアップ

スタートアップに関して、とりわけ大きな影響が及ぶと考えられるのが、ハードウエアに関する分野だ。ハードウエア産業には、物理的・化学的な材料が不可欠である。

実際、バッテリー関連スタートアップのOneD Battery Sciencesは、ワシントン州にあるパイロット製造向け工場を閉鎖した。関税により電気自動車(EV)の需要が減っていることが、要因だという。Crunchbaseによると、OneDは2022年にシリーズC資金調達ラウンドを実施し、$25m(約36億円。当時レート)を確保。General Motorsのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が主導したラウンドだった。

ワシントン州のOneDの工場(同社プレスリリースより)

米スタートアップメディアのGlobal Corporate Venturingは、「問題となっているのは、バッテリーだけではない」と記事で報じる。高い関税がかけられそうな材料として挙げるのが、鉄鋼やアルミニウムだ。これらは前述した通り、米国が複数の国・地域からの輸入に追加関税をかける方向で進む。

EVやドローンをはじめ機械類は、特定の用途のためにつくられた鋼材を使うケースが想定されるので、関税に影響を受ける可能性がある。

関税が及ぼす影響について|その3.VCと起業家

以上のようなスタートアップへの悪影響は、VCにも連鎖する。関税によりスタートアップの利益が減少すれば当然、IPOなどのイグジットでVCがまとまったリターンを得る期待に不確実性が生じる。

また、企業データベースのPitchBookが開設するオウンドメディアは、欧州の起業家からVCへ、米国での企業設立に関する相談が増加していると報道。欧州からの人材流出が懸念される。

一方、同じ記事では、欧州の安定性がかえって同地域への投資を引き付けるとのPartha Dey Citibank副社長のコメントも併せて掲載している。

これは以上の記事とは異なる話だが、CVCにも悪影響が及ぶかもしれない。特に製造業が母体で米国以外に本拠を置くCVCは、関税で収益力が下がり、投資に回す余力も減少する可能性が考えられるからだ。

Trump大統領が見せた「高くなると人々は買わなくなる」という弱気|まとめに代えて

強面の印象があるTrump大統領だが、関税に関して弱気にも感じさせる態度を見せた機会があった。2025年4月17日、オーバルルーム(ホワイトハウス内にある大統領執務室)での記者団との会見によるもので、「あるところまで価格が上がってほしくない(関税による価格上昇のこと)。あるところまで上がると、人々は買わなくなるからだ」とコメントした。

以上は、もし中国が米国より高い関税率を課したとしたら、という質問に答えたもの。対中国の場合、関税戦争状態となっていたので、その他の国とは事情が少し異なる。しかし、米国製品を諸国に購入してもらい国内に富を呼び込むというTrump大統領の考えはどの国に対しても同じであるだろう。

こうした事実から、Trump大統領自身や米政府としても、あまりにも極端な政策を選択するのは難しいことが推察できる。油断は禁物だが、企業としてはサプライチェーンのリスク評価などは行いつつ、事態打開にある程度の楽観的見方をすることも必要となりそうだ。



参考文献:
※1:EU ready to fight back against US tariffs with aggressive countermeasures? Trade chief's big hint, Economic Times(リンク
※2:EU sets out possible 95-billion-euro response to US tariffs, Philip Blenkinsop, Reuters(リンク
※3:英米が新たな貿易枠組みで合意 自動車や鉄鋼・アルミ製品、農産物などで, BBC(リンク
※4:What's in China-US trade deal? Tariff cuts and key details, Lewis Jackson, Reuters(リンク
※5:Japan, South Korea pivot to negotiating lower US tariffs, Min Joo Kang, ING(リンク
※6:Tough Trade Negotiations Ahead for Taiwan, Riley Walters, Global Taiwan Institute(リンク
※7:The Trump Tariffs, Semiconductors, and US-Taiwan Trade Relations, Tom Meinderts, ノッティンガム大学台湾リサーチハブ(リンク
※8:Apple reports second quarter results, Apple(リンク
※9:Despite paying $900M in tariffs, Apple’s Tim Cook isn’t announcing price increases — yet, Julie Bort, TechCrunch(リンク
※10:Nvidia reportedly raises GPU prices by 10-15% as manufacturing costs surge — tariffs and TSMC price hikes filter down to retailers, Stephen Warwick, Tom's Hardware(リンク
※11:Battery company OneD reportedly closes Washington manufacturing site, citing tariff impacts, Lisa Stiffler, GeekWire(リンク
※12:Hardware startups need more fundraising in face of tariffs say investors, Robert Lavine, Leah Hodgson, PitchBook(リンク
※13:Trump says he might not want to raise tariffs on China any higher: 'At a certain point, people aren't going to buy', Shubhangi Goel, Buisiness Insider(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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