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海洋由来の菌でポリプロピレンを分解?シドニー大学の研究で見出された可能性

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世界的な課題となっている、廃棄プラスチックの処理や再利用。もし陶器などと同じように、プラスチックが環境を汚さず土に還すなどができれば、たとえばストローの素材に関する論争もなくなり、何より地球環境の汚染を抑止できる。

そうした夢のような話の実現可能性を見出したのが、シドニー大学工学部のAli Abbas教授だ。さまざまな菌でポリプロピレンを分解する実験を行う中、海洋由来の菌が速く分解できると、実験の結果から分かった。この記事では、Abbas教授の研究内容を見ていきたい。

ポリプロピレンとは?用途は食品容器から自動車部品まで

まず、研究で分解する対象となるプラスチックの一種、ポリプロピレンの概要を取り上げる。

モノマー(単量体)となるプロピレンを化学式で表すとC3H6。これを重合しポリプロピレンにすると耐熱性や耐衝撃性を有することから、プラスチックの中でも広く利用される種類の一つとなっている。

どれだけ幅広く利用されているか、以下の用途の一例をご覧いただきたい。

  • 自動車部品(バンパーやエンジンルームなど)
  • コンテナ
  • 家電の部品
  • 注射器
  • 衣装ケース
  • 食品包装用のフィルム
  • 食品容器(プリンやゼリーのカップなど)
  • 洗剤のボトル

再利用を考える際、まず問題となるのが下の方に記した食品や洗剤に使われているポリプロピレンだ。プラスチックは廃棄する人や事業者の手で、洗浄することが求められる。しかし、食品などの汚れは落としきれずに廃棄されてしまい、そうなるとリサイクル品の品質低下につながってしまう。

また、ポリプロピレンはポリエチレンなどと混合して製品化されている場合が少なくない。すると、樹脂と樹脂との分離が難しくなってしまう。

以上が、ポリプロピレンのリサイクルで課題となりやすい点だ。

なおこの後、取り上げる動画によると、ポリプロピレンがオーストラリアでリサイクルのために回収された率は8パーセントだという。

日本国内の回収率は不明であるものの、ポリプロピレンの有効利用率(回収されたものが最製品化製品としてリサイクルされる割合。収率を50パーセントと仮定した場合)では83パーセントだ。もっとも、これはマテリアルリサイクルでの数字であり、低品質の製品にリサイクルするダウンマテリアルリサイクルも含まれていると見られる。

Abbas氏の研究内容|2023年の実験よりも速いスピードで分解可能な海洋由来の菌

では本題のAbbas氏が研究するポリプロピレンの分解について。まず、要点を押さえたいという人には、次のREUTERSがAbbas氏に取材し、制作した動画が分かりやすいと思われる。

REUTERSが公開した動画

この動画の公開日は2025年6月3日となっている。

一方、オーストラリアの放送局であるSBSは、2023年7月にAbbas氏の研究室を取材。このときは、Aspergillus terreusとEngyodontium albumという2種類の菌を使った実験について、取り上げた。

2種の菌を、動画と同様の実験方法でポリプロピレンに塗布すると、30日後に21パーセント、90日後に27パーセント、分解した。つまり、先ほどの動画の前半に出てくる土壌(陸)由来の菌が、Aspergillus terreusとEngyodontium albumだ。これでも、従来のプラスチックの研究者やリサイクルの分野から見ると、驚異的なスピードであったという。

そして、今回のREUTERSの報道である。具体的な日数と分解量は示されていないものの、Aspergillus terreus、Engyodontium albumよりも速い分解ができる可能性がある海洋由来の菌が見つかったという。

2023年の土壌由来の菌も、今回の海洋由来の菌も、ポリプロピレンを熱もしくは紫外線で処理してから実験を行っている。これは、自然の風化と同じ環境にするための処理だ。そして、菌類が存在する溶液の中に、ポリプロピレンを投入。観察する。

海洋由来の菌による分解のスピードが明らかにされていないことから分かるように、本当にポリプロピレンのリサイクルや処理で効果があるかは、さらなる実験を重ねる必要がありそうだ。一方、もし産業化するならば菌を低い温度で機能させることによってエネルギー消費量を少なくでき、その最適なプロセスを模索していると、Abbas氏は語る。

なお、企業や投資家もAbbas氏の研究に関与していることも、REUTERSの報道の中で説明されている。

「菌は万能薬ではない」と語るAbbas氏

動画の最後でAbbas氏は、「菌による分解は万能薬ではない」と、次のように警告する。

「プラスチックの分解には、他にも行わなければならない重要なステップが存在する。上流工程でのリサイクルや分解に適した新製品の設計、あるいは、再設計が必要だ。設計主導の循環型経済によって、プロセスの最終段階で廃棄物を削減することにつながる。

われわれが本当に注力すべき点は、ここだ」

Abbas氏が述べる通り、上流段階でリサイクルしやすい、廃棄物を少なくしやすい設計にできれば、菌の力に多くを頼らなくて済む。また今回、話題に上った菌が本当に分解する力を持っていたところで、海洋に流出したポリプロピレンまで分解することは非常に困難だ。

設計や仕組みを見直した上で、どうしてもリサイクルが難しいポリプロピレンに菌やその他の生物学的・化学的手法を用いて分解することが、理想的といえるだろう。

 


参考文献:
 ※1:ポリプロピレンってどんなプラスチック?やさしく解説!, 「プラスチックのはてな」一般社団法人プラスチック循環利用協会(リンク
 ※2:ポリプロピレン(PP)樹脂とは?素材の特徴・用途・材質について解説, ポリコンポ(リンク
※3:調査レポート「プラスチック種類別の有効利用率の推定」(令和6年度), 公益財団法人日本容器包装リサイクル協会(リンク
 ※4:The fungi with an 'appetite' for plastics: University team's breakthrough discovery, SBS Arabic(リンク


 

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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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