空飛ぶ車ベンチャーのLilium(リリウム)のSPACを詳細解説
2021年3月30日、eVTOLを開発するドイツのLilium GmbHがSPACで上場すると発表した。先月のArcher、そしてJoby Aviationに続く、空飛ぶ車で3社目の、SPACでの上場発表となる。
今回の発表で新しい点はいくつかあった。それでは、どのような内容が発表されたのか、見ていこう。
最大830m$(917億円)の資金調達となる
今回のSPACは、前ゼネラルモーターズNorth Americaの責任者であるBarry Engle氏が率いる特別買収目的会社Qell Acquisition Corpとの合併となる。取引が完了すると、合併した会社はシンボル「LILM」で、米国新興市場のナスダックに上場することになる。Qell Acquisition Corpは2024年に計画されているLiliumの商業活動の開始をサポートする。
今回の取引に当たり、Liliumは1株あたり10.00ドルの、プロフォーマベース(※1)で33億ドル(3,647億円)の時価総額で評価されている。この取引を通じて、合併後の会社は総額で830m$(約917億円)もの資金を調達することになる。この一連の取引は2021年の第二四半期に完了する見込み。
※1 プロフォーマとは「一定の仮定を置いた」という意味で、この場合はベンチャー企業であり、将来の財務諸表などが一定の仮定を置いて時価総額が計算されていることから来ている。
LiliumはeVTOLの領域では他社に比べて資金調達が進んでおり、この領域の開発競争ではトップ群を形成する1社だ。特に2017年に中国のテンセントがシリーズBで参画し、その後もテンセントがリードで240m$もの資金調達を2020年に実施。Crunchbaseによると、現在までで総資金調達額は376m$(約415億円)となる。今回、さらに900億円を超える資金を加えることで、同社はさらに成長を拡大させるための資金体力を得る。
7人乗りの次世代機も発表
まず、Liliumは地域の旅行(移動)に焦点をあてた5人乗り機体のLilium Jet(PHOENIX)を開発していた。おおよそ300km程度の最大飛行距離となっており、地域の都市間をこの機体で移動するサービスを狙っている。同社の表現では、「地域シャトルサービス」と言う。
今回、新たに発表されたのはパイロット1名と乗員6名の7人乗りの機体(Lilium 7-Seater Jet)であり、よりユーザーの利用幅を広げることを意識して開発されている。この機体の予測巡航速度は、10,000フィートで時速175マイルで、航続距離は予備分も含めて155マイル以上(約249km)となる。これは、過去4世代、5年間の技術開発の集大成となっている。なお、このLilium 7-Seater Jetは、2020年に欧州航空安全機関EASAからCRI-A01認証を取得したことも明らかにされた。独自のダクト電気ベクトル推力を使い、低ノイズであり、空中飛行の効率も高いことが特徴だ。
電池にはシリコン含有負極を活用
なお、大変興味深いことに同社は今回、バッテリーについても触れている。
航続距離と充電時間はeVTOLのビジネスモデルに大きく関わる。Liliumはこれまでに50社以上の電池を評価し、セルの構成についてはシリコン含有負極のリチウムイオンパウチセルを選択したと発表。サービスイン時のターゲットとなるセルの重量エネルギー密度は330~350Wh/kgになるという。また、充電時間の目安は80%充電で15分、100%充電で30分以内が要求仕様となっている。
なお、バッテリーセルの生産は従来の標準的な生産ラインを活用するが、プレリチウム化(Pre-Lithiation)を行うという。このシリコン含有負極におけるプレリチウム化の役割については、以下の記事で解説をしているので参考にされたい。
参考:シリコン負極のLIBベンチャーEnovixがSPACで上場
フライトコストの目安も示される
今回のSPACの発表に伴い、同社は初めてフライトコストの目安についても公開をしている。ウォールストリートからフィラデルフィアまでおおよそ30分で170$(約18,700円)、シリコンバレーのパロアルトから近郊のナパまでおおよそ25分で130$(約14,300円)となっている。
ちなみにウォールストリートからフィラデルフィアというと、距離にすると150km+αであり、車だとおおよそ2時間程度かかる。またパロアルトから近郊のナパまでは、140km前後で、車で1時間半だ。そのため、eVTOLを使った移動では単純計算で1~1時間半くらい縮めることができる。
(補足)ただし、米国は車での移動が前提であることも多く、都市間の大まかな移動では上記で問題無いが、実際の目的までのアクセスという観点では、ラストワンマイルの移動が課題になりそうではある。また、搭乗手続きの時間も含めると飛行時間+20~30分程度かかる可能性もある。自家用車を持たない旅行者やビジネス出張者などは移動の手段が増えることで利便性が向上すると見られる。
BtoCとBtoBのビジネスモデルを併用
同社の想定しているビジネスモデルは、BtoCとBtoBのビジネスモデルがある。
Lilium Networkと呼ばれるBtoCサービスは、いわゆるエアタクシーサービスである。Turnkey Enterprise Solutionと呼ばれるBtoBサービスは、政府機関との共同プロジェクトや、企業・ビジネスの人の輸送、そして荷物(カーゴ)輸送のためのサービスや、機体の提供だ。
例えばエアタクシーのBtoCにおける収支の試算では、フィラデルフィアからマンハッタンの都市間移動で、1フライト170$、1つの機体での1日の飛行距離は~1,500マイルとしているようだ。フィラデルフィアからマンハッタンまでおおよそ100マイルの距離なので、1日の飛行距離から考えると、1日最大15フライト程度と想定していることになる。この1日最大15フライトによって、年間最大5m$(約5.5億円)が売上として生じる。
同社はこの時の利益率を、最大25%、機体の費用も踏まえた投資回収期間は2年、1機から生じるライフタイムプロフィットは最大10m$(約11億円)とシミュレーションしている。
(補足)最大ケースで、年間5m$の売上で利益率25%とすると利益は1.25m$であり、ライフタイムプロフィットの10m$から割り戻すと、機体の運用想定は8年となる。
フロリダで14か所のバーティ―ポートを建設
Liliumはサービスイン当初は欧米から事業展開を開始する予定であるが、注力しているエリアの1つがフロリダだ。同社はインフラ企業のFerrovialと、デベロッパーのTavistockと提携して共同でバーティ―ポートのインフラ建設に着手している。
フロリダでは14か所のバーティ―ポートを建設する予定であるという。
なお、このバーティ―ポート建設については以下でも取り上げているのでご参考。
参考:ドイツのLiliumがFerrovialとeVTOL用のポートをフロリダに10か所以上整備すると発表
業績予想はかなりアグレッシブ
今回、同社の業績予想はかなりアグレッシブなものとなっている。2024年には90台の機体を生産し、売上は246m$(272億円)、翌年には325機の生産を行い、売上高は1,000億円をいきなり超える計画となっている。
実はこの売上計画は、Joby Aviationのものと比べても大きくアグレッシブな数値だ。Jobyは2024年で131m$、2025年で721m$、2026年で2,050m$となっており、Joby自体も本当にこの計画を実現できるのか?というくらいの急成長な計画だが、それに輪をかけて急成長のプランを描いていることになる。
同社は今回調達した資金を使い、2024年の本格量産に向けた準備を加速させていく。
Joby Aviation、EHang、Volocopter、Liliumなど空飛ぶ車の主要ベンチャー企業の全体像について知りたい方は、こちらで特集記事を作成しているのでご参考。
参考記事:(特集) 空飛ぶ車・エアモビリティの世界ベンチャー企業動向
【世界の都市エアモビリティに関する調査に興味がある方】
都市エアモビリティのeVTOLベンチャーの開発動向、バーティ―ポートなどのプロジェクト動向、関連プレーヤーのベンチマーク調査などに興味がある方はこちらも参考。
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