レアアースフリーモーターの開発動向|主要な技術とスタートアップ3社の動き

従来の高効率な電磁モーターには、ネオジムやジスプロシウムといったレアアース(希土類)が使われている。これらは強力な磁力を生み出す特性を持つが、価格相場の変動や地政学的リスクといった課題を抱える。
こうした背景から注目を集めるのが、レアアースを使わない「レアアースフリーモーター」だ。本稿では、レアアースフリーモーターに関する最新の技術動向と開発の課題について、取り上げる。
EVモーターにはなぜレアアースを使うのか?
レアアースフリーモーターの話に進む前に、まずは従来型のレアアースモーターについて簡単に触れておきたい。
なぜ、モーターにレアアースが使われるのか。その理由を一言にすると、「高温でも高いトルク(回転力)を安定して出せる」からだ。
EVとは、電池から供給される電力をモーターによって動力に変換して走る自動車である。このときモーターに求められるのは、「小さな電力で、大きなトルクを効率よく出す」性能だ。
ここで、永久磁石モーターにおけるトルクの関係式を見てみよう。
T = k × B × I × l × r
T:トルク
k:定数
B:磁束密度(=モーターの磁力)
I:電流
l:コイルの有効長
r:回転半径
この式を前提に、トルクを増やすための3つの方法を挙げる。
- モーターを大きくする(k、r、l を大きくする)
- 磁束密度(B)を高める
- 電流(I)を増やす
1は、モーターの大型化につながり、EVの重量増加や車内スペースの減少といったデメリットが大きくなってしまう。
3の電流増加は、電池への負荷増大や発熱による熱マネジメントの難しさを伴うため、容易に選べる手段ではない。
しかし2の「磁力を高める」方法は、モーターを大きくする必要も熱マネジメントも不要だ。よっって、この中で最も現実的な選択肢となる。
ここで登場するのが、ネオジムやジスプロシウムなどのレアアース。まずネオジムは、電子のスピンが強く揃いやすく、全磁気モーメントが大きいため、非常に強力な磁石を作ることができる。
一方、EVは夏場の高温環境や、連続的な加減速といった条件下でモーター内部が高温になる。高温になると、磁石内部のスピン配列が乱れ、磁力が低下してしまう。
この「減磁(げんじ)」を抑えるために、ジスプロシウムを添加する。ジスプロシウムは磁力の温度依存性を改善し、高温でも磁力を維持する働きがあるためだ。
このようにEV用モーターにとって、ネオジムとジスプロシウムは理想的な特性をもった組み合わせとなる。これらのレアアースが多くのEVモーターに使われている理由だ。
レアアースフリーモーターの技術的アプローチ|2つを解説
では、レアアースフリーモーターを実現するための技術的アプローチについて解説する。
ここでは代表的なレアアースフリーモーターとして、「フェライト磁石モーター」と「スイッチトリラクタンスモーター」を取り上げる。
フェライト磁石モーター
フェライト磁石とは、鉄(Fe)とストロンチウム(Sr)、あるいは鉄とバリウム(Br)を含む複合酸化物で構成された磁石である。
レアアースを使用しないため低価格なフェイライト磁石だが、その分、磁力はネオジム磁石に比べて弱い。レアアースフリーモーターにフェライト磁石を利用する際は、この弱点を補うため、構造面と材料面の両面で工夫がされている。
構造面では、「低下したトルクをリラクタンストルクで補う」設計が採られることがある。
基本的にトルクは磁石の磁力で決まる。一方、回転子の吸引力によって生じるリラクタンストルクは、モーター設計の工夫が活きる領域だ。たとえば、磁石をV字型に配置することで磁束の通り道を最適化し、表面積を稼ぐことでトルクを引き出す設計などがある。
1990年代中頃まではSrフェライトの微細化による性能向上が主流だったが、近年は合金組成の最適化や合成プロセスの改善によって、より高磁力なフェライト磁石の開発が進められている。
スイッチトリラクタンスモーター(SRモーター)
スイッチトリラクタンスモーター(SRモーター)は、一言にすれば「磁石を一切使わない」モーターだ。
動作原理は、次の通りとなる。
巻き線に電流を流して磁界を発生させると、ローター(回転子)がステーター(固定子)に引き寄せられる。このタイミングに合わせて電流を切り替え、次のステーター側に磁界を発生させることで、ローターが順次回転していく仕組みだ。
- コスト削減
- 高温でも減磁が起きない
磁石を使わないことで、以上、2つの利点がある。さらに、次のような特徴もある。
- 構造がシンプル
- 壊れにくい(堅牢)
- 始動時のトルクが大きい
そのため、近年EV業界でも再評価されている。
一方、次のデメリットもある。
- 騒音や振動が大きい
- トルクに脈動がある(滑らかでない)
これらは特に、高級車に静粛性が求められやすい点で、課題が残る。
ここまで取り上げたことを、表にまとめる。
表2. 各モーターの比較表
項目 | レアアースモーター | フェライト磁石モーター | SRモーター |
磁石の種類 | ネオジム磁石(+ジスプロシウム) | フェライト磁石(非レアアース) | 磁石なし |
地政学リスク | 高 | ほぼ無し(原料が豊富) | 完全に無し |
構造の複雑さ | 磁石の配置・熱対策が必要 | 制御しやすい | 非常にシンプルな構造 |
効率 | 高効率、高トルク | 高効率(設計次第) | 高効率化可能だが制御次第 |
高温耐性 | 減磁の懸念あり(特に100℃超) | フェライトは高温安定 | 強い(磁石がない) |
騒音・振動 | 比較的静か | 静か | 振動・騒音が大きい(ノイズ制御が難) |
モーターコスト | 高(磁石コスト大) | 中程度(設計次第でコストダウン) | 安価(構造が単純で磁石不要) |
レアアースフリーの課題 | ー | フェライトの低磁力を補う設計・制御が必要 トルク密度の確保が難しい | 騒音・振動の抑制が難しい ドライバ制御が複雑 急加速や静粛性に課題 |
米英日3社のスタートアップの動向
表2でも紹介した通り、現在多くのEVにはレアアースを用いたモーターが搭載されている。
しかし、2023年のテスラのプレゼンテーションでは、具体的な時期は示されなかったものの、「将来的にレアアース使用量をゼロにする」と発表があった。その他のEVメーカーも、レアアースフリーに向けて動き出していると考えるのが自然だろう。
また、スタートアップをはじめとする新興企業も、レアアースフリーモーターのEV搭載に向けてさまざまな挑戦を続けている。ここでは、注目される企業を3社、取り上げる。
3社の概要(編集部制作)
Conifer(米国)
Coniferは、フェライト磁石モーターを開発する米国のスタートアップ。アキシャルフラックス構造を採用することで、モーターの薄型・小型化を実現した。
さらに、生産技術にも強みがあり、複数種類のモーターを同一ラインで生産可能としている。現在は一部のスタートアップ企業に採用されており、今後のさらなる展開が期待される。
Advanced Electric Machines(英国)
イギリスの大学発スタートアップで、SRモーターの開発に注力。
特徴的なのは、レアアースだけでなく銅も使わないプロダクトもあるという点だ。軽量化やリサイクル性の面でも注目されており、環境負荷低減に貢献できるモーターとして期待される。
2023年には、シリーズAラウンドで£23m(約43億円超)の資金調達に成功。2025年の量産開始を予定している。
Advanced Electric Machinesの企業紹介動画
ネクストコアテクノロジーズ(日本)
ネクストコアテクノロジーズは日本のスタートアップ企業で、京都府に本社を構える。
モーターでは「アモルファス積層コア」と呼ばれる電磁コアによるものを試作。主にモーターのステーターコア部分に用いられる。一般的なコア材には鉄系材料が使われるが、これには鉄損と呼ばれる磁気損失が発生する。しかし、アモルファス積層コアは、非晶質構造のため粒界が少なく、磁気損失の抑制に効果があるとしている。
現在は生産能力の増強を進めており、今後の実用化・普及に向けて期待が高まっている。
まとめ|レアアースフリーモーターは有効な代替策になるか
現在、Trump米大統領が行っている関税措置から、こうした技術は注目を浴びるかもしれない。
もっとも、米国など有力国の首脳がたとえ穏健な態度を取る場合でも、入手にハードルがある材料の代替策はあった方がよい。地政学的リスクはもちろん、災害などのリスクもある。
現実にレアアースモーターは多くのEVメーカーが搭載できる状態にはなっておらず、メーカー、投資家の支援も必要となるだろう。
参考文献:
※1:高機能フェライト磁石のxEV向け主機モータへの適用検討, 高畑良一, 『プロテリアル技報』34号(2024年)(リンク)
※2:スイッチトリラクタンスモータの課題と対策, 内藤治夫, 『電学誌』128巻4号(2008年)(リンク)
※3:Tesla’s Magnet Mystery Shows Elon Musk Is Willing to Compromise, Gregory Barber, WIRED(リンク)
※4:Conifer(リンク)
※5:Advanced Electric Machines(リンク)
※6:ネクストコアテクノロジーズ株式会社(リンク)
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